08 乱 Midare

Midare

能のあらすじ08

本祝言物

作者

作者不明

季節

唐・揚子ようずの里に住む親孝行な青年・高風こうふうの元にめどもきぬ酒壺さかつぼ猩々しょうじょうが届ける。「みだれ」とは、能「猩々」に特殊演出(小書こがき)がついたものの名称で、通常の「中之舞ちゅうのまい」が「乱」という舞に替わる。酒徳しゅとくを散りばめることで祝言性高く、めでたい曲となっている。

役 cast

シテ

猩々

シテ

猩々

ワキ    高風

あらすじ

唐・揚子ようずの里に住む親孝行な青年・高風こうふうは、夢のお告げのまま市に出て酒を売り、富貴の身となりました。ある日、飲んでも顔色ひとつ変わらない不思議な客に名を尋ねると「私は海中に住む猩々」と名乗り帰っていきます。
 そこで高風は潯陽じんようの江まで行き、猩々と共に酒を飲もうと、月夜に酒の友を待つ事にします。
 すると波間より全身の色が赤い猩々が現れます。友に会える喜び。めどもきぬ酒。二人は酒をみ交わすのでした。酒盛さかもりに喜び猩々は舞います。素直な高風の心根をめ、尽きることのない酒壺を高風に与えると、とうとうい伏してしまいます。
 そして目覚めた高風。全ては夢、と思って見れば、猩々の酒壺はかたわらに確かにあり、その後、高風は幾久いくひさしく栄えたのでした。

ストーリー

高風の登場、猩々との出会いを話す

唐土もろこしかね金山きんざんふもと楊子ようずの里にて】
 私は唐・揚子の里*1に住む高風という者です。
 親孝行であった故、ある夜、不思議な夢を見ました。
楊子の市にて酒を売る商売を始めたならば富貴ふうきの身になると言うのです。
 夢の教えのままにそうすると、日月を過ごしているうちに次第に豊かになりました。
ある日のこと、市に行く度にやってきては酒を飲む者がいました。
この者は酒を飲んでも飲んでもまったく顔の色も変わらないのです。それで不思議に思ってとうとう名前を尋ねてみたのです。
すると「己は海中に住む猩々しょうじょうなどと呼ばれている者です」と返事が来ました。
今日は私が潯陽の江*1に出て猩々を待ってみようと思います。 注)*1楊子の里、潯陽の江: 楊子江は長江を表す慣用句。楊子の里は架空らしい。潯陽江は江西省九江市北を流れる長江のほとり。土地の設定は白楽天『琵琶行』より引用。
 「潯陽江頭夜送客 楓葉萩花秋索索」
潯陽江のほとりに夜、客人を見送ると、そこには赤い楓の葉、白い萩の花、侘しい秋の風景である。

月の前に友を待つ

【潯陽の江のほとりにて】潯陽じんようの江のほとりに菊酒をなみなみと持ってきて、月夜の下に友*2を待つ*3ことにしましょう。傾ける盃に月影をうつしながら、友を待ちましょう。 *2友:『和漢朗詠集』交友 白楽天
 琴詩酒の三友等を踏まえる。
「琴詩酒友皆拠我 雪月花時最憶君」
 琴を弾き詩を読み酒を交わした友は皆去った。雪月花の時もっとも君を憶う。尚、有名な「雪月花」の語の出典もこの句。
*3月の前に友を待つ:『平家物語』三「花の下の半日の客、月の前の一夜の友」を踏まえる。

猩々が来て酒盛が始まる

するとそこに猩々が現れます。
「ああ、老いることはない。酒は不老の菊の水。海中から浮かび出て友に会える事はとても嬉しい事だ。”三寸みき”*4とは御酒みきのこと。名は理をあらわす。酒を飲めば秋風が吹いてもその身に三寸近づかないと言い、寒くはない。そう、名は理をあらわす。”身着みき”もまた御酒のこと。白菊には重陽に綿を着せる。菊と同じように酒を温めて、いざ飲もうよ。ここは酒を愛した白楽天も見た*5という潯陽の江、月星は曇りなく、素晴らしい酒盛の夜です。」 *4三寸:酒ノミヌレバ風其身ニ三寸近ヅカズ。故に三寸 と云リ。「古今集註」
**5白楽天(客人)も見た: 注釈1を以て、白楽天も観たであろうとする。尚、謡本には白楽天を「賓客」と記載するが、これは白楽天が晩年に就いた官職「太子賓客(皇太子の教育を担当)」からであり、よく酒を嗜み酒功讃を以て世に酒を伝えるとある。『和漢朗詠集』酒

猩々の舞

猩々は舞を舞うことにします。
 あしは風で笛の音のように、波は鼓のようにどうと打ち、声は浦風に澄み渡ります。秋の調べは潯陽の江に染み入っていくのでした。

双之舞そうのまい

猩々は言います。
「ありがたいことにあなたは心素直だから、この壷に泉(酒)をたたえて返しましょう。尽きることなく」
 尽きることなく万代まで、竹の葉の酒は汲んでも尽きることなく、飲んでも変わることなくそこにあることでしょう。
 秋の夜の宴は月も西に傾き終わりを迎えます。
猩々も高風も足元はよろよろと酔い伏してしまいます。
高風が目覚めると、酒壺は消えることなく酒をたたえてそこにあったのでした。
めでたしめでたし。

cast

シテ

林 喜右衛門 味方 團

ワキ

有松 遼一

間狂言

茂山 忠三郎

後見

松野 浩行 國永 典子

囃子

(笛)左鴻 泰弘
(小鼓)成田 達志
(大鼓)山本 哲也

(太鼓)前川 光範

地謡

田茂井 廣道 宮本 茂樹

河村 和貴 河村 浩太郎 

樹下 千慧 味方 慧 

林 彩八子 林 小梅

Photo by 人見写真事務所

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能楽師による
「うんちく」

◾️猩々

本 中世における猩々のイメージは「礼記」「本草網目」「後漢書」「宝物集」「義経記」などに記載がある。共通しているのはお酒が好きである事か。

 能「猩々」ではこの酒を好む真っ赤な猩々に孝子酒泉譚として高風を配し、白楽天の詩の中でも特に「酒」と縁のある世界観の中で、酒徳を散りばめることで祝言性高く、めでたい曲となった。尚、詞章に現れる「菊」「菊水」「三寸」「竹葉」は全て酒の異称である。

◾️乱、双之舞

 能ではスリ足が普通だが、【乱】では波を蹴る「乱レ足」や波に流される「流レ足」といった特殊な足使いで波間を舞い戯れる様を表現する。

 更に今回は小書「双之舞」であり、猩々が二人出て、相舞となる。めでたさも二倍である。

 「乱」のとき、シテが幕の内から扇を広げて登場するのは、舞い出づる心であると聞く。昔は特に断らなくとも、臨機応変に「乱」にしたものだそうで、これらシテの型(所作)の常の演出とは違う変化、また囃子方の手組(演奏)の変化も共に、お互いに対する知らせ(合図)である。能の歴史、奥深さを思い知らされる。囃子方の【乱】の演奏も非常に面白い。大波小波、が伸び縮みして、さながら猩々の戯れる水の波が見えるかのようである。能の囃子の「間」、拍と拍の間隔は一定ではないが、それは殊にこの【乱】において顕著である。

◾️前場について

 現在の猩々は前場が省略された半能形式で上演されるが、「猩々前」の名で伝えら

 れる前半部分が存在し、前シテは童子の体で現れる。前シテの最後、童子は「名残惜

 しいので酒樽を夫婦で持って、あとでまた来る」と言い残し川波に入って行く。

後シテの猩々が高風に「この壷に泉をたたへ只今返し与ふるなり」と言う詞章は、この前場の最後に対応しているからとされている。ただし、完全な形の室町期の謡本の現存は現状確認されておらず、伝存する謡本は全て半能の形となっている。

◾️白楽天

七七二-八四六。白居易、字は楽天。唐代の詩壇を席巻したと言われる大詩人。古来日本で最も愛誦されたと言われる。「猩々」の中に多くの引用が見られる。

公演情報

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