06 鵺 Nue

五番目物

作者

世阿弥

役 cast

シテ

舟人、後にぬえの亡霊

ワキ

旅僧

間狂言

里人

あらすじ

ぬえとは頭は猿、手足は虎、尾は蛇、胴体がたぬき、声はトラツグミという異形の妖怪あやかし
「平家物語」巻四が出典で、時の帝・近衛このえいんを夜な夜な苦しめ、頼政よりまさに退治されます。
能「鵺」は、この話を鵺が語る能で、前半は頼政の視点、後半は己の姿で往時を描写していきます。平家物語では頼政の武勲として描かれているのに対し、能の「鵺」は討たれた側の鵺の心に焦点をあて、ストーリーが作られています。

ストーリー

【前シテ】

1、旅僧が蘆屋あしやの里にやってくる

諸国をまわっている旅僧は三熊野へのお詣りを終え、都へ行く途中、紀の路の関を越えて和泉国、住吉、難波潟を過ぎ蘆屋あしやの里に到着します。
そこで里の者に一夜の宿を所望するも、里人は村の掟があるからと頑なに貸そうとはしません。ただ、にある御堂みどうであれば泊まっても良いと旅僧に勧めます。そこは夜な夜な光るものが出るという、いわくのあるお堂でした。

2、夜更け、不思議な舟人が現れる

夜更け、舟人が海より現れます。
「悲しきかなや、うつほ舟※1に閉じ込められた私はカゴの鳥。盲亀もうき浮木ふぼく※2のように仏法にも会いがたく、闇に埋もれても亡心だけは尚消えることなく、私は何に心を残しているのだろう。涙と波で浮き沈むようにうつほ舟はゆく。過去を焦がれる想いは尽きることがない」

その不思議なものが浦波に浮かび寄ってくる姿が、旅僧にもかすかに見えてきます。舟の形にも見えますが水に沈んだ埋れ木のようにも見え、乗っている人影も定かではありません。
「不思議の者やな」という旅僧に、現れた舟人は「お僧はどういうお方なのでしょうか。また既にお僧は私のことを人知れない者と思っているのでしょう。でしたらもはや不審に思うこともないでしょう」
舟人はそう応え、自分は里人でも塩を焼く海士あまでもない世捨て人であるが、どうか仏の力で弔って欲しいと僧に頼むのでした。
旅僧が人に見えないその者に名乗るよう言うと、舟人は己が近衛このえ院の時代に頼政よりまさの矢に射られ、うつほ舟で流された鵺の亡心であると明かします。
旅僧は弔いを約束し、その時の有り様を詳しく語るように言うのでした。 ※1 うつほ舟:中に誰か人を閉じ込めて、海の底へ沈めるのに使う丸木舟
※2 盲亀の浮木:「盲亀の浮木、優曇華の花」は法華経にある、仏道に会い難いことの例え。奇跡的な確率でしか巡り会えないことを意味する言葉

3、鵺の亡霊が、鵺が殺された日の事を語る *自分を討った頼政よりまさ早太はやたを演じ、語る

当時、近衛このえの院は夜な夜な怪異に苦しんでおりました。高僧の祈祷も効果はなく、うしの刻になると内裏の東南にある森から黒い雲が現れ、御殿をおおい、帝を苦しめたのです。
公卿による詮議せんぎが行われ、源平両家の兵の中より頼政よりまさが警固に選ばれました。
頼政は従者に猪早太いのはやた一人を選び、己は二重ふたえの狩衣に、山鳥の尾羽根をつけた矢を二本、重藤しげとうの弓※3を持つと、その時を待ちます。
うしこく※4、黒雲が立ち現れ御殿の上を覆います。頼政が見上げると、雲中に怪しき者の姿がありました。
頼政が矢を取ってつがえ「南無八幡大菩薩」と心の中で唱えると、矢を放ちます。手応えがあり「得たり」と頼政が叫ぶと落ちた所に猪早太が駆け寄り、太刀にて九度刺しました。
そして火を灯してよくよく姿を見ると、頭は猿、尾は蛇、足は虎の如く、おぞましい姿をした妖怪あやかしだったのです。 ※3 重藤の弓:木と竹を組み合わせた弓にさらに藤を重く巻いた弓。謡での読みは「しげどう」
※4 丑の刻:午前1〜3時。方角に当てはめると東北、鬼が出入りする方角とされ、日本では霊異や怪異が起こりやすいと言われている時間。

4、舟人が去る

こう話した舟人に旅僧は、殺された時にとらわれて離れられない心を成仏への強い想いに変えればきっと極楽往生できると説きます。舟人は今日、旅僧に会えたえん※5を喜び、さおを持ちなおすとうつほ舟に乗り、夜の海を浮かび沈みしながら姿が小さくなっていきます。海上から絶え絶えに聞こえてきたのは鵺の声、その凄まじさを残して波間に消えていったのでした。 ※5 縁:仏教の言葉「縁起」に由来し、この世のあらゆるものには原因や条件があり、その全ては相互につながりあって結果が生まれる、とする考え方。

【間狂言】

5、里人が様子を見にやってくる

鵺の亡霊が消えた後、先程の里人が様子を見にやってきます。先ほど宿を貸さなかった非礼を詫び、旅僧から舟人が現れた話を聞くと、近衛このえ院の時代の鵺の話を旅僧に語ります。そして鵺がその後、うつほ舟に押し入れられて淀川より流されたこと、この蘆屋あしやの浦に流れ留まった事も詳しく語るのでした。

【後シテ】

6、読経をしていると鵺がかつての姿で現れる

里人の話を聞いた旅僧は、鵺をとむらう為に読経をします。するとその声に導かれ、鵺の亡霊が往時の恐ろしい姿で現れ成仏を望みます。鵺は言います。
「私は悪心を持って変化へんげの姿となり、仏法、王法のさわりとなろうと、東三条の林の上をしばらく飛行してから丑の刻になると夜な夜な御殿の上に飛び降りていた。

すると帝は苦しみ出す。これこそ我が力よと満足していたら、思いもよらず頼政よりまさの矢先が我に当たった。たちまち通力つうりきは消え、地に倒れればあっという間に滅せられてしまった。
思えばそれは帝からもたらされた天罰、そして頼政よりまさは主上より「獅子王ししおう」という素晴らしい御剣ぎょけんを賜る。帝より下された剣を宇治の大臣がたまわり、きざはしを下りたその時、郭公が鳴いたので大臣はすかさず「ほととぎす 名をも雲居にあぐるかな」と詠んだ。
すると頼政は右の膝をついて左の袖を広げ、月を少し見て「弓張月の入る(射る)にまかせて」と応じて大臣より御剣を賜ると、御前の前から退出した。頼政名をあげ、我は月も日もわからないうつほ舟に押し入れられて、名は川と共に流された。時に淀み時に流れ、うつほ舟と共に朽ちながら煩悩の暗い道から、さらに暗い道に※6入っていく。
ああどうか、山のはしにある月※6のように我を照らし仏道に導いてほしい。」
鵺の亡霊がそう語り終える頃、山の端の月は消え、海に映っていた月も消えました。そして鵺もまた、月と共に海へと姿を消したのでした。

おしまい

※6 「暗きより暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月」和泉式部 播磨国(現姫路市)の性空しょうくう上人しょうにんの元を訪ね、煩悩の闇から闇へと彷徨う己を真如の月で照らして欲しいと詠う。山の端の月=真如の月、衆生を救う仏教の真理の力の事をいう。 ※演目紹介「林能楽部」の著作権は林能楽会、株式会社唐紅及び人見写真事務所が保有しています。あらすじや写真の無断転載他、法律に違反する行為はおやめください。尚、使用をご希望される方は「お問合せ」よりご連絡ください。

Photo by kuma.one , 人見 淳

能楽師による
「うんちく」

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